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『漫画 君たちはどう生きるか』、あるいは理想を掲げて生きるのは、恥ずかしくないということについて

 おはようございます。

 昨夜『漫画 君たちはどう生きるか』を読了しました。この作品、宮崎監督の新作アニメのタイトルが「君たちはどう生きるか」と発表されたのと前後して刊行されたように思われたので、ついついバッタもんと思ってしまいましたが、なかなかどうして。ベストセラーになったのも、うなづける作りとなっていました。

 

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

 

 

 原作は岩波文庫の他で刊行されている、吉野源三郎によるもので、舞台は1930年代の東京です。たぶん、山の手です。

 

主な登場人物

・コペル君(本田潤一)

・おじさん

・コペル君の友人3人(すいません、あとで追記します・・・)

・お母さん

 

主な筋書き

 そう遠くない過去、おそらく数年前にお父さんを亡くした本田くんは、おじさんと銀座に出かけたとき、デパートの屋上から人々を見下ろして不思議な感慨に襲われます。それを「人間分子の法則」と名付けたことをおじさんに伝えたことで、おじさんは本田くんに起きたことは「コペルニクス的転回」であると言って、以後「コペル君」と呼ぶことにしました。そして、やがてコペル君に読んでもらえるように、ノートを書き綴ることになりました。原作も漫画版も、このコペル君の実体験とおじさんのノートとが交互に差し挟まれて展開していきます。

 漫画版で取り上げられた主なエピソードは、

・友人の浦川家を訪問したこと

・雪の日の出来事

の2つであると言ってよいでしょう。漫画化にあたって、削られたり編集されたり、逆に挿入されたりしたエピソードもありました。

 

読書メーターに書いたこと

 原作は、岩波文庫で2回読んでいる。その時とは沁み入り方が違った。今回特に感じ入ったのは、人間は本来あるべき、またはあり得た状態からの不足や欠落が、苦悩を生むといった点である。「人間らしく」あり得たはずなのに、そうはいかなかった、できなかった時に苦悩を感じるということだ。必ずしも上手い絵とは言えないが、原作の意を汲んで、よくこなれた漫画にしてあると思った。漫画版オリジナルの創作部分も、違和感なく溶け込んでいる。削ったところも、必要で削ったという感じでよかったと思う。

 

追記

 原作は少年向け(発表は1930年代ですから、「少女」にはあまり届かなかったのではないでしょうか)に書かれたものです。時代は軍国主義へと傾きつつあります。正面から反戦や反軍国主義を唱えることはできなかったでしょう。

 その中で、吉野は少年たちに「理想を掲げて生きよ。それは恥ずかしいことではない」というメッセージを送ったのではないでしょうか。

 発表から80年近くを経た今日でも読み継がれているのは、一見飄々としているおじさんがコペル君に対して直球で「人間であるからには」どうあるべきなのかを、とことん考えるよう促しているからだろうと思います。

 確かにこの書(原作)を、古臭い教養主義と冷笑することはできると思います。一部マルクス主義に傾斜していると思われるところも、そうした冷ややかな反応を助長しているでしょう。

 しかし、です。

 これから伸びゆこうとしている人たち(それは、「少年」だけではありません!)に対して、理想を高く掲げよと鼓舞するのを冷笑することに、私たちは慣れすぎてしまったのではないでしょうか。そんな時代に、この漫画版がベストセラーとなったことには、いささか理由がありそうですが、それはまたの機会に述べたいと思います。

 今回は以上とさせていただきます。お読みいただき、ありがとうございました。