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【読中日記】カウンセリングを語る・上下(河合隼雄)

 

カウンセリングを語る(上) (講談社+α文庫)

カウンセリングを語る(上) (講談社+α文庫)

 

 

河合隼雄さんの『カウンセリングを語る・上』(講談社+α文庫)を読了した。上下分冊なので、「読中日記」として書いてみることにする。

▼この本は、四天王寺人生相談所が主催するカウンセリング講座での講演をまとめて1985年に創元社から出版され、さらに1999年に講談社から文庫として出版されたものである。

▼河合さんは、ユング箱庭療法の大家として広く知られているが、この本では少なくとも1980年代前半まではカウンセリングの中心的な手法だっただろう、ロジャーズの「来談者中心療法」に基づいた言及がされていた。ちょっと意外であった。

▼2001年に初級産業カウンセラーの養成講座を受講した際に学習したのが、この来談者中心療法だったので、カウンセリングと言えばこの技法なのであろう。いま私が受けているカウンセリングも、この来談者中心療法と思われる。これには保険が適用されているので、この技法は、やはりカウンセリングのオーソドックスな技法であると言ってさしつかえないのではあるまいか。

▼来談者(クライアント)中心療法とは、乱暴に言うと、来談者に対する受容と共感を示すことと、自己一致、つまりカウンセラーがその時の感情と発話内容とを一致させることとを中心とした技法である。

▼すいません、この「自己一致」という点についての記述は自信がありません。間違っていたら訂正したいのでお申しつけくださいますようお願いいたします。

▼また、この技法は「非指示的」であることも特徴としている。来談者の発話に対して、ああした方がよい、こうするのがよいとは「言わない」ことが特徴である。

▼クライアントでなくとも、一般的に言って、頭の中でモヤモヤしていることを話したり書いたりして言語化すること、客観化することは、それだけでも気持ちが晴れるものである。治療的な効果が期待できると言ってよいだろう。

▼カウンセラーの役割とは、その言語化、客観化に立ち会い、支援することであると書かれていたように思う。

▼つまり、「あなたの克服するべきトラウマはこれです!」とか、「その症状は、あなたの◯◯という欲求が抑圧されていることに由来するものです!」といったことは「言わない」し、ありえないのである。

▼むしろ、クライアントが本来的に有している「自己治癒力」を信頼することで、それの発動を促すことが課題となるものである。ある意味では、クライアントが「勝手に」「ひとりでに」治っていくのに立ち会うことが、カウンセラーの役割であると言ってよい。

▼それならば、誰にでも、いつでもカウンセリングができるのかと言えば、そうではない。そのように安易に考えてしまうのは危険であると指摘している。

▼カウンセラーになるには、訓練が絶対的に必要である。また、カウンセラーとなったあとも、自身がカウンセリングを受ける、指導者に相談するなどが必要であるとされている。これは、なかなかに大変な仕事であるなと思った次第。

▼以下、下巻を読んだら再度内容を検討してみたいと思っている。

▼最後までお読みいただき、ありがとうございました。