オンライン読書会・読書の宴

2018年10月に開設した、自宅から参加できるオンライン読書会「読書の宴」の公式ブログです。トップページ(INDEX)からお読みください。なお、19/10/30現在でカテゴリ分けについての見直し作業を図っております。

【読書会】家族の関係と、大人になること(菅野仁著『友だち幻想』第6章)から

 

友だち幻想 (ちくまプリマー新書)

友だち幻想 (ちくまプリマー新書)

 

 

▼昨日(1/12)には、昨年11/17から行っている『友だち幻想』についての読書会(4回目)を行った。以下に掲げるのは、そこでの報告用の原稿である。したがって、「です・ます」体で書かれている。会の雰囲気が少しでも伝わるようなら幸いである。

▼昨日の予定は6章と7章とであったが、時間の関係で6章のみの実施となり、7章については1/26に8章、おわりにと併せて購読することとなった。

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▼こんばんは。本日の読書会を始めます。今回の範囲は、第6章「家族の関係と、大人になること」と、第7章「『傷つきやすい私』と友だち幻想」とになります。実は私は巻末まで読み上げてしまっていて、次回に8章と「おわりに」をあてているのですが、うっかりすると今日全巻の読了となってしまいそうなことをお断りしなければなりません。やってみないとわからないのですが、年頭に置いておいていただけるとありがたいと思います。

▼さて、これまでのところでは、社会の大きな変化によって、人間関係のあり方が変わってきているし、変わってきていることを前提にして生きていかないとしんどくなるというお話しだったかと思っています。敢えて言えば、それは「スキル」として身につけておいた方がよいというもので、本文の言葉でいうと、身近な他人であっても、それを「他者」との関係であると捉え、フィーリング共有関係一辺倒ではなくて、最低限のルールをスタートとするルール関係を織り交ぜていくことがよいというものであったかと思います。

▼そして、この「ルール」とは、自他ともに「自由」になっていくための戦略の一つであるとされていました。

▼ここで少し脱線をさせていただきます。社会学というものの思考の枠組みについて、ちょっとお話しをいたします。そもそも人間関係の質が変わったのは、ざっくり言えば「近代化」による社会の変質によるものです。この変化は、地域共同体重視・フィーリング共有関係の重視といった関係のあり様から、ルール関係も重視していくというようになることに対応します。詳しくは申し上げませんが、前者をゲマインシャフト、後者をゲゼルシャフトとして定式化した学者もいます。注意していただきたいのは、これは前者から後者へと「進歩」していくというように、価値的により高い状態へ移行していくというものではありません。あくまでも、二つの「類型」として抽出して比較検討しているものです。

▼このような、状態Aから状態Bへと「移行」した際、社会の諸領域でどのような変化が起こっていたのかを観察・記述するというのは、社会学の伝統的な思考パターンの一つであることに注意しておいていただきたいと思います。その意味では、この『友だち幻想』も、社会学の大きな伝統の中で生まれ、位置づけることができると言えます。

▼もう一言いえば、この思考様式は、「より究極的な要因」を求めてやまないという特性があると思います。この本の中では明言されてはいませんでしたが、ルール関係重視の社会へと移行しつつある原因は何?と聞かれた場合、私ならさしあたって「近代化」と答えると思います。近代化って何?ということについては、泥沼に入り込んでしまうので、ご紹介するのに留めておきますが、では、その近代化の要因は何?、さらにそれの要因は何?、と、「何?」が無限に連鎖してしまうということがあるように思います。ですので、その「何?」という問いを一旦切り上げるということをやっているのではないかと思っています。しかし、「何?」「なぜ?」の問いの棚上げということ自体は非難されることではないでしょう。例えば、この本でいうとルール関係を織り込んだ人間関係に慣れていくということが焦点とされていますが、それについてもいくつかの問いが連鎖的に発生してしまいます。しかし、それ以上は踏み込まなくなるという一線が自ずと出てくるというのだろうとおもいます。脱線は以上です。

▼本題に戻りましょう。第6章のメイントピックは「家族」ということでした。以前、親密な他者について述べられていた部分を読んだ時に、私は先走ってしまって、「では家族はどうなんでしょうかね」と申し上げたことがありました。本の中に、予め問題提起されていたんですね。

▼この章ではまず、家族を「定位家族」と「生殖家族」の二つの側面に分け、人はこの二つの家族を生きてきているということが述べられています。

▼親にとっての子どもというものは、ほとんど未分化とも言える一体性のある関係から、徐々に「他者性」が優位になっていく過程とも考えられるようです。そして、親の包摂志向と、子の自立志向とが、ことに思春期からぶつかり合うことになるわけです。この葛藤は必要なもので、これをうまくやり過ごすことができないと、後々問題になってくるといいます。

▼また、「大人になる」ことについて、経済的自立の側面と精神的自立の側面について述べられています。精神的自立を詳細に見てみると、「自分の欲求のコントロール」「自分の行いに対する責任の意識」に加えて、「人間関係の引き受け方の成熟度」を指標として考えられているようです。この辺りについては、皆さんのご意見も伺いたいと思っています。

▼次いで話題となっていることが、前に出た「気の合わない人間とも並存しなければならない」ということと、「自分には可能性と同時に『限界』がある」ということとが学校では教えられないということの問題性です。どの分野であっても、上には必ず「上」がいるということがわからないと、セルフイメージが肥大することが指摘されています。第6章については、これくらいにしておきたいと思います。

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▼この文を作成した手順としては、まずマーキングしながら重要と思われる文を抜書きしてプリントアウト。それをもとに、口述することを前提にした文として書き上げるといった段階を踏んでいる。

▼この報告を元に、適宜意見や感想を述べていただく形で会を進行させている。

▼オンライン会議システムのZoomを使って、土曜日の20時から21時(最大20分程度までの延長あり)を中心に行っています。ご興味をもってくださいましたら、ぜひ下のTwitterアカウント宛てにお問い合わせください。お待ちしております。

 

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▼今回は以上とさせていただきます。お読みくださいまして、ありがとうございました。