オンライン読書会・読書の宴

2018年10月に開設した、自宅から参加できるオンライン読書会「読書の宴」の公式ブログです。メニューの「はじめに」からお読みください。

【再考】この読書会について考えてみることにした。(1)

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▼こんにちは、すたんど(@stand_00)です。2018年10月に発足させたこの読書会は、まもなく一周年を迎えることになります。今まで参加してくださった皆さん、ご支援をいただいた方々へ、心からの感謝をお伝えしたいと思っています。本当にありがとうございました。

▼とは言え、そうそう晴れやかな気持ちでいるわけではないんです。というのも、このところの会があまり振るわずに、つい「惰性」の二文字や「やらなくちゃ」ということが意識に上ってくるようになっているからです。いかんいかん。

▼そこで今回からは、私はこの読書会を通じて、何を実現したいと考えているのか、どんな価値を生み出したいと思っているかについて、もう一度考え直してみようと思い立ちました。しばしお付き合いくださいますと幸いです。

▼まず、私がこの読書会を通じて感じ取っていただきたいことの一つは、「読書は『お勉強』のように堅苦しいものではなく、『楽しい』ものである」ということです。

▼ここで注釈。「楽しい」は「愉しい」とも書きますが、後者に特別な意味合いはほとんどなく、ほぼ同義で使われるらしいので、以下「楽しい」で統一することにします。

▼また、「お勉強」ないし「勉強」も、本来楽しいものである。少なくとも楽しい「はず」のものであると考えています。

▼しかしながら、読書(や勉強)には、真面目・根暗・堅苦しい等、負のイメージがついてまわっているのが現状であると思います。ここでも、「真面目」は復権されてしかるべき言葉である(と考えている)ことを書き添えておきます。

▼では、読書は、どのような意味合いにおいて楽しく、喜ばしいものであるのかを考えてみることにしたいと思います。

▼それは単に、読書の「効能」をあげつらうという作業では済みそうにはありません。それは、この読書会を通じて実現したいもう一つの価値である、「(人間的な)成長を実感できるようであること」とも関係してきます。

▼と、ここまで書いてみて、集中力が途切れました。すんません。

▼次回以降、

1)読書はどんな意味において「楽しい」ものだと言えるのか。

2)読書会はいかに「成長」に関わることができるのか。

3)そもそも「成長」するって、どんなことなのか。

などについて考えを進めていこうかと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

▼今回は以上とさせていただきます。お読みくださり、ありがとうございました。

 

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