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【ノート】居場所と出番

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▼こんにちは。すたんど(@stand_00)です。先日すてきな言葉と出会いましたので、それについて書いてみようと思います。 

▼私が通っている地域生活支援センターでの学習会の折り、とてもステキな発言をしてくださった方がおりました。今回はそれを紹介するとともに、それについての私見を述べてみようと思います。

▼その学習会では、『リカバリーの学校の教科書』(飯野雄治ほか編著)をテキストとして、読み合わせと意見の交換を、休憩を挟んで約90分間ほど行っています。前回12月24日(火)では、「働くこととリカバリー」の単元である見開き2ページを読み合わせました。

▼ここでいう「リカバリー」とは、多面的な内容が含まれているように思います。「単に」というと語弊があるかもしれません。復職を含めた社会復帰ということはもちろんですが、発症すること(私の場合は双極性障害)で失ってしまった様々なこと(これは個々人によって違いがあると思います)を回復すること全体を指していると考えるとよいと思います。

▼そうした失ってしまったものの一つが「居場所」なんだろうと思います。もちろんそれは、物理的・身体的なことも含みますが、人間関係・社会的なつながりやネットワークが失われているということもまた、含まれてきます。そこでよく、「居場所」や「依存先」を探す・求めるという言い方がなされていると感じています。

▼中には、そうした人間関係の回復は「群れる」ことであるとして忌避する方もいらっしゃると思います。しかし、この文章の目的は、それを正すことではありません。むしろ、「居場所を探す」ことをさらに深めるキーワードを見つけたので、それをご紹介したいと考えています。それが、タイトルにも掲げた「出番」というワードです。

▼私たち当事者は、先に触れているように、様々なものを失ってきています。職を失っただけではなく、様々な社会的なネットワークからこぼれ落ちてしまっていると言ってもいいでしょう。そこに、「出番」という言葉を含めてみてはいかがでしょうか。そうしたことで、いつかは自分にも、バッターボックスに立つチャンスは巡ってくるものという希望が出てくるように思います。

▼いま、私はバッターボックスという譬えを使いましたが、それは人によってはサッカーのフィールドに立ったり、オーケストラの一員として舞台に立つことであるかもしれません。

▼「私にも出番は来る」。そう考えられることで、私は少し救われたように感じました。この短い文章が、何か考えることのきっかけになれば幸いです。お読みいただき、ありがとうございました。

 

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